交友録 2回目 ぼくは、高校生の頃から休みを利用して、何度も上京し、たくさんのマンガ家のアトリエを訪ね、自分の作品の批評と、アトリエの作業を見せて頂いていた。 その、一番最初のマンガ家が、当時少年サンデーに連載中の「くたばれ! 涙くん」というマンガを描いていた、石井いさみ先生 だった。 ぼくは、一枚の地図と電話番号のメモを持って、東京都大田区蒲田にある、石井先生のアトリエを訪ねていった。 高校2年生の夏休みのことだ。 地図とメモは、ぼくに、東京へ出てくるようにと勧めてくれた、当時、少女コミックの副編集長だった、山本順也氏が書いて下さったものだ。 まず、蒲田の駅前で電話をした。 「岐阜から、出てきました。マンガ家志望の高校生で、山田ゴロといいます。先生に作品を見て頂きたくて、訪ねてきました。お時間がありましたら、お願いします。」 ドキドキしながら話した。 こんなに突然だもの。ダメでもともと、、、、そんなふうに思っていたのだが、あっさり、 「ああ、いいよ。おいで。道はわかるの?」 「はい。すぐに伺います。」、、、、、、 蒲田の駅から、ずいぶん歩いたと思う。今では、どこをどう歩いて行ったのか、思い出すこともできないが、どこかの商店街の中にある、アパートの一室が、先生のアトリエだった。 「失礼します。」と、ドアを叩くと、眠そうな顔の男が「はい、どうぞ。」と招き入れてくれた。ぼくと、そんなに年も変わらないだろう。 通された部屋の一番奥の大きな椅子に、裸でパンツ一つの男が、団扇でパタパタ仰ぎながら座っていた。頭は天然パーマで、眉は太く、目はどんぐりまなこ。 「やあっ。石井です。」 『 やだー!うそー! 想像と違う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜! 』 そうなんだ。あの青春ロマン・スポーツマンガから想像していた石井いさみ先生は、ぼくの中では、もっと精悍な青年でなくてはいけなかったのだ。 しかし、次の瞬間、ぼくは目を見張った。 パンツいっちょうの、裸の大将は、真っ白な原稿用紙に「くたばれ!涙くん」の主人公「坂巻俊」を、さらさらと書き出したのだ。珍しいと思ったのは、下書きを青鉛筆で書いていたことだ。 先生に訪ねると、青色は印刷に出ないから、消しゴムをかける必要がないので、時間の短縮になるということだった。 ぼくの持っていった作品は、ギャグマンガで、今から思えば、とても恥ずかしいものだったと思う。 それでも、先生は丁寧に見て下さり、いろいろとアドバイスを頂いたのだが、ぼくは、なーんにも覚えていない。 |
ぼくは、しばらくの間、仕事場の様子を見せて貰うことになった。 まだ、時間が早いせいか、アシスタントの人は、僕を迎えてくれた青年だけだった。青年は、なんとなく疲れているのか元気がなかったが、それでも、コーヒーを入れてくれて、ぼくの作品を一緒に見てくれた。しかし、批評はなく「なるほど・・。」と、言っただけだった。 すると先生が、 「あっ、こいつはアシスタントチーフの、あだち充だ。」っと、紹介して下さった。 そう、あの「あだち充」さんだったのだ。 残念ながら、あだち充さんについての印象は、それくらいしか残っていない。 石井先生のアトリエにいたのは、時間にして30分ぐらいだったろう。しかし、初めて会ったプロのマンガ家として、ぼくの心に残っている。 岐阜に帰ってから、マンガ友達の庄司くんや土井くんに、自慢しまくったのは、言うまでもない。
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