これからお話しする事は、私や友人が実際に体験した事や、聞いた事ばかりです。

私には、霊感はありません。だから、何の前兆もなくそれは起きるのです。

信じるとか信じないとか、ウソとか本当とか、そんな事を論じても意味はありません。

だって現実に起こってしまった事なのですから・・・・。




第一話 : 訪ねて来た友人



東京郊外、Τ市に住む真理子は、夫と幼稚園に通う5歳の男の子の3人家族だ。

真理子は、友人・Κの子供を家に送り届けるため、自転車を走らせていた。

ここ三ヶ月ばかり、そのΚの子供の幼稚園の送り迎えを、引き受けている。




Kの家は、真理子の家とは、バス亭にして一つほどの距離しかない。

一週間前に赤ん坊を生んだ、心臓の弱いΚに代わって負担が少しでも軽くなるようにと、この二日間、自分の家に子供を預かっていた。


家の前に着き、まず、Kの子供を・・・、続いて 自分の子を自転車から降ろし、開いた戸の隙間から中を覗き込んで、

「今帰ったわよ。」

と、奥に声をかけた。 すると、奥からΚが赤ん坊を抱いて出てきた。

「やだ。起きてて大丈夫なの?」真理子が心配そうに聞いた。Κの心臓は、かなり悪いはずだ。

預かっていた女の子が一人目なのだが、その子を産んだ時に、心臓発作を起こして死にかけている。そして、医者に、もう子供は産んではいけないと言われたにも関わらず、彼女は二人目を望んだのだ。

Κはニコニコしながら、おくるみにくるまれた赤ん坊を真理子に見せようとして起きて来た。

ほんの一・二分ほど立ち話をしたが、真理子は、早々に引き上げる事にした。

「ちゃんと寝てなさいよ。」




その夜、真理子はいつものように子供を風呂に入れ、寝かしつける。

彼女の家は2DKのアパート。夫は一駅離れた隣町の仕事場に泊まりだ。

子供に添い寝している内にいつの間にか真理子も眠ってしまった。すると・・・

ガタガタガタガタ・・・・。大きな音で目が覚めた。

ガタガタガタガタ・・・・、音は部屋中に鳴り響いている。



子供と一緒に寝ている部屋は暗くしているが、夫がいないこともあり、人一倍臆病な真理子は、隣の六畳の電気をつけっぱなしにしていた。

「地震かしら ?」寝ぼけまなこで、隣の六畳の部屋の電気を見上げたが、

「あれ ? 揺れてない。でも・・・・、こんなに大きな音がしている。」

音は確かに隣室の中のどこかからだ。

時計に目をやると、夜中の一時を少し回ったばかり。

真理子は、寝ぼけているのかな ? と思いつつも、もう一度部屋の中を見回した。

だが、何も変ったところはない。


ガタガタガタ・・・音は相変わらず部屋を揺るがすほどの大きさで鳴り響いている。

真理子は、その場にうずくまりじっと動かずにいた。

もし自分が寝とぼけているのなら、早く目を覚まそうと思ったのだ。

だが、音は鳴りやまない。

「誰かが、玄関のドアノブをガチャガチャやっているのかしら ?」

泊まりの夫が、夕飯を食べに来た後、仕事仲間と出て行ったのだが、何か忘れ物があって戻って来たのかも知れない・・・・とも考えた。

だが、・・・・・・・やはり違う!

確かに 音は、この部屋の中から している!   そして 気付いた。

部屋には 半間の押入があり、どうも 音は その中から しているようだ。

押入の上段にはふとん、下段には五月人形の木箱が入れてある。五月人形は武将飾りの大きな物で、押入の下段一杯が 占められている。

「あ ! 今日は明けて五月五日だ !! 忙しくて五月人形を飾るのを忘れていたわ。」

     ・・・・その 木箱の 蓋が、ガタガタと 揺れている様な 音に似ている。




・・・どの位、たったのだろう。

五分以上は鳴り続けただろうか ? その間、真理子はジッと息を潜めて、押入を見つめていた。

だが やがて、ピタッと音がしなくなり、その頃には、目はとっくに覚めていた。


すると、外に気配を感じた。

玄関の前から、階段をコッコッと下りて、アパートを周り込むように、誰かが道を歩いていく。その道は、真理子の部屋のすぐ下だ。

「なぁんだ。やっぱり帰って来たんだ。」

夫が何かの用事で帰ってきたが、鍵を忘れてドアノブを回していたのか・・・・・と、勝手に解釈した。

「チャイム鳴らせばいいのに・・。」

でも、少し変である。夫はいつも自転車だ。一駅隣の仕事場までは歩いて行けるが、それでも10分はかかってしまう。

とにかく15分ほど待ってから、夫に電話を入れてみる事にした。



「トゥルルルル・・・・、もしもし。」夫が眠そうな声で電話に出た。

「ねぇ、さっき 帰って来た ?」

「いや、帰らないよ。寝てたから・・・何で ?」

真理子は、事の一部始終を話した。夫は黙って聞いていたが、心配そうに「俺、帰ろうか ?」と言ってくれた。彼女が人一倍臆病なので、気づかったのだろう。

その時、ふっと気付いた。

普段ならちょっとの物音や変化にも怖がる真理子だが、さっきのことは、今思うと不思議と怖くなかったのだ。

それで夫の申し出を断り、また何かあったら知らせるからと電話を切った。

その後は、何もなくいつの間にか、真理子は眠ってしまった。



ジリリリリン。ジリリリリン。

けたたましい電話の音で目を覚ました。まだ六時前である。

電話は子供の幼稚園の同級生のお母さんからだった。




「真理子さん。Kさんが 死んだらしいの。」

「えっ、まさか。本当に ? どうして ?」

「それが まだ よく分からないの。 確かめてくれる ?」

「確かめるって いっても・・・。そうだ! 主人の 仕事場からだったら Kさんの家も近わ。」

真理子は、夫に 電話をして Kの家の様子を 見てくるように 頼んだ。

「・・・やっぱり本当らしい。人の出入りが多いし、葬儀屋らしい人も・・・・。」




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これは、前日の夕方別れた友人が、夜中に亡くなったという「知らせ」なのだろうか?

私はこのたぐいの話はあまり信じない方なのだが、彼女の周りの人間は「知らせだ」の

「会いに来たのだ」のと、口を揃えて言った。

それでも本当のところその音が何の音なのか、よく分からない。



ただこの話には後日談があって、一年後の命日に、駅近くの大きなスーパーマーケットの前で、彼女は そのKらしき人と すれ違ったという。

それも、昼日中のやたらに人通りの多い中で・・・。

前方から、人混みに混ざって歩いてくるその "Kに似ている人" は、彼女を見て、ニッコリ笑って通り過ぎて行った。

彼女も思わず笑みを返したが、すれ違った瞬間、亡くなったKの顔だった事に気付き振り返ったが、もう 姿は 見えなかった。

そして、今年。 もうすぐ 5月 5日だ。 13回忌の・・・。

             ( これは実録です。 )




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