これからお話しする事は、私や友人が実際に体験した事や、聞いた事ばかりです。

私には、霊感はありません。だから、何の前兆もなくそれは起きるのです。

信じるとか信じないとか、ウソとか本当とか、そんな事を論じても意味はありません。

だって現実に起こってしまった事なのですから・・・・。




第三話 : こんばんは



石倉は いつも通り 家で 仕事に 追われている。

彼は 自宅で 設計事務所を 開いている 建築家だ。事務所には アシスタントが 二人。



学生時代からバイクに乗っていて、なじみのバイク屋があった。

・・・あったというのは、一週間前、そのバイク屋のおじさんが事故で死んだからだ。

右折車を避けようとして、道路脇の鉄柱に激突して死んだ。

バイクの事に 関しては、何かあると すぐに 飛んで来てくれる おじさんだった。

彼の妻もバイクに乗り、夫婦してよくツーリングに出かける。もちろん、そのおじさんとも 一緒に 走る事が あった。


葬式も 終わり、設計書の 〆切が 今日。クライアントが 事務所に 来ていた。

アシスタントが、図面の コピーを 取っている。

妻が皆にお茶を入れ、ちょっとした用事を片づけるため、二階に行ったほんの数分の間の 出来事だ。




トントントン・・・。階下に彼女が下りて来ると、事務所の雰囲気が違う。

コピー機の前にいるアシスタントがこわばった顔で玄関の方を見たまま身動きしない。

夫も、クライアントも、他のアシスタントも、皆そのアシスタントを、やはり緊張した面もちで見ている。

玄関は二畳ほどの広さで、間仕切りとしてカーテンがかけてあり、そのカーテンからわりと近いところにコピー機が置いてある。


「どうしたの ?」

・・・・・誰も、彼女の 質問に 答えない。

「おい、本当に 誰もいないのか ?」

石倉が、アシスタントに 声を かけた。

「はい・・・。いません。」

振り返った アシスタントの 顔が、いっそう こわばってきた。

・・・・・・ 「ねぇ、どうしたの ?」彼女が また 訪ねた。

「おい、おまえ、ちょっと 玄関を みてくれ。」

やはり 彼女の 質問には 答えずに、石倉が 彼女に 言った。

妻は、間仕切りのカーテンを 勢い良く 開けたが、誰も いない。

「誰も いないわよ。」

「おかしいな、今 確かに 聞こえたよネ。」石倉が 念を 押すように 他の 皆に 聞く。

「ええ、確かに・・・。」クライアントも アシスタントも 相づちを 打つ。

石倉が、妻に 言った。

「今、玄関のドアの内側で、つまり家の中に入ったところで、声がしたんだ。『こんばんは。』って 大きな声で・・・・・。」


    みんな、それを 聞いている。 声だけを・・・。


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この 夫婦は、バイク屋の おじさんと 深い親交が ありました。

時々、店を閉めてから、この夫婦の家に来て、夜中過ぎまで話し込んでいたおじさん。

そのおじさんが、訪ねて来る時「今晩は。」・・・・と、甲高い声で言うのですが、その時の 声に そっくりだったという 事です。  ( これは実録です。 )




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