「天才の思いで」




第三回:「漫画家入門」


   岐阜の片田舎で、黙々とマンガを描いていた。

 誰に読ませる訳でもなく、ただ描く事がおもしろかった。その頃の事を思い返すと、まるで、砂糖菓子を口に含んだ時のような、幸せな気持ちになれる。

でも、マンガ家になるには、どうしたらいいんだろう ? 今のように情報が多い時代では ない。

   ・・・その答えを出してくれたのは、先生でした。

「石森章太郎のマンガ家入門」・・・イラストの入った、赤い箱入りの豪華本だった。 それまでに、「マンガの書き方」って本はあったが、ハッキリ言って、ちっとも役には立たなかった。 それは、単なる「マンガの書き方」であって、マンガ家になる方法なんてどこにも書いてなかったし、マンガ自体 書けやしないものだった。 ところが、その本を出版した同じ出版社から、石森先生の「マンガ家入門」が出版されたのだ。

 先生の「マンガ家入門」は、マンガの書き方だけではなく、「マンガの作り方」とでもいうか、考え方とでも いうのか、まさに НОШ ТО そのもの だったのだ。

その本は、先生の生い立ちと、トキワ荘時代のことなど、「マンガ家という生き物」について、初めて書かれたものだった。それらの事を通じて、どうすればマンガ家になれるのかを、その本は 伝えていた。 なるほど、なるほど・・・と何度読み返したことだろう。眠る時も枕元に置き、学校にも持って 行った。 本は すぐに、ボロボロに なった。

「マンガ家入門」の中には、参考作品として、「竜神沼」という読み切りが掲載されていた。

     ・・・情感のある みずみずしい 少女マンガ だった。

 その頃の 少女マンガといえば、(今はどうだか知らないけれど) 当時の 日活の 映画みたいに、どこの国の話なのか訳のわからないものが多かった。 金髪で、カタカナ名前の主人公が、ディズニーランドとか、どこかの国のお城みたいな家に住んでいて、バチバチのまつげに、目をうるませながら、必ず「不幸」・・・という、くさいマンガが 多かった。 でもでも、先生の少女マンガはそうじゃなかった。まるで、フランス映画を観ているような。 僕は、主人公の ユミちゃんに 恋をして、そして、研一青年に やきもちを 妬いた。

  「マンガ家入門」は、僕の バイブルだった。

 僕は、一時期、東京・板橋の 徳丸町という所に 住んでいたことが ある。 そこは、石森先生所有の二十畳ほどの客間に暖炉があったり、女中部屋があったりするような、すごく 大きな家だったのだが、僕は、その家に なんと一人で 住んでいたのだ。 そしてその家には、ロッカーが沢山あって、その中に、先生の作品がすべて保管されていた !

 2級天使から、サイボーグ ОО9 ・リュウの 道・佐武と市、そして ジュン・・・。 僕は 毎日原稿を見ていた。涙が出るほどうれしかった。その中にあの竜神沼の原稿も・・・。

 それは、思ったより大きなサイズの原稿だった。 青鉛筆で、アミを指定してあったり、雑誌では分からない見開きの合わせ部分のあいまいなところ 等々。マンガ家入門に つかわれていた、竜神沼の 少女の 美しいイラストも あった。

 僕は、持つ手が ブルブル 震えた。 大袈裟じゃあなく、本当に 震えた。 心臓の鼓動が、そのまま血管を押し上げて、ドクンドクンと震えたのだ。ペンの墨線を一本・一本 なぞってみた。 デコボコとした その きざみ・・・その感触に また 感動した。

   ・・・・・「竜神沼」に 再会できた ! ! !

   僕は、その時の 感動を、一生 忘れない。

                            続く




  第四回:「新聞」


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