「天才の思いで」




第十六回:「墨汁三滴」


 すがやくんは、昭和48年当時、杉並の 高円寺の オンボロアパートに 本に 埋もれて 住んでいた。 底抜けに パワフルで 明るい。 話し上手でもあるが、何より 聞き上手で、ぼくの 下らない話も ウンウンと 聞いてくれる。

 ぼくも すがやくんも まだ 若かった。 何日も 徹夜したり、気づくと プーンと 変な 臭い。 近くの 風呂屋へ 直行したりもした。辛いというより、楽しい 毎日だった。

 すがやくんは、「 墨汁三滴 」という 同人誌グループに 入っていた。 それは、石森先生が 名誉会長で、先生が 若い頃 作っていた 肉筆回覧誌「 墨汁一滴 」の名を ついだ ものだった。 「 墨汁二滴 」というのもあったが、そこには ヒット作を とばした 少女漫画家たちが いたと いう話である。

 今は、同人誌といえば、りっぱな 印刷物に なっているものが 多いが、石森先生の時も、すがやくんの時も、肉筆回覧誌で、どちらも 宝石のような 貴重さと、肌の 温もりのようなものが 感じられた。 それに、何よりも 内容だ。 みんな 自分と いうものを 表現しようとしている。 それを 見る人に 語りかけようとする 何かがある。 商業誌では 出来ないようなことを、実験していたり、批評も みんな 本気だ。 今と昔は 違うと言えば それまでだが、この頃の同人誌の多くには ガッカリさせられる。 キャラは 誰かの真似でも 構わない、ストーリーだって、稚拙で 構わない。 そういうものは 描けば描くほど 変わっていくものだし、成長していくものなのだから・・。 許せないのは、そういった キャラを うけるためなのか、自分の 欲望の はけ口なのか、裸にして 便所の 落書きにしていることだ。 もちろん、ストーリーなんて ない。

 話が それてしまったが、ぼくが すがやくんの所で お手伝いさせてもらったのは、数ヶ月の 事だったと思う。 石森先生は、仮面ライダーの 大ヒットで、次に「 変身忍者嵐 」を・・ そして・・・。

                            続く




 第十七回:「キカイダー」


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